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しょうがいについて 2 [考察]

神奈川県のやまゆり園での元職員による殺傷事件から2年、そして、旧優生保護法による強制不妊手術が明るみになっている。

やまゆり園の加害者は、こんな事を言っていなかっただろうか。障害者たちが余りにも大変そうなので…と、職員として働き、感じた実感だろう。しかし、それが何故殺傷という行為に進んでいったのか。

そこには、不良の子孫を残さないという旧優生保護法にある価値観が根強く続いているのだと思う。
昭和23年に制定され、平成8年!まで存続し、戦後の人口増加への対策と共に、質の良い民族目指し障害や病が遺伝によって誕生しないよう本人の承諾なしに不妊手術が行われた。当時はやむを得ない、または当然、と考えられていたと知る。なんと傲慢なことだろう。質の良さとは一体何か。

医学の発展も途上で、それ故に、それだけでなく、我々人類は自分や自分たちと違うものに怖れをいだき、排除しようとする。人類が何故そうなのかは今は置いておくとして、例えそうであっても、我々は知の力で乗り越えるべきなのではないだろうか。

加害者が、障害を持つ人が内側には豊かな感性を持っていると知る機会があれば、どうだっただろうか。

障害を持つ人達は、多くの人達と同じように表現できない(しない)だけで、同じように喜び笑い、悲しみ悩み乗り越えようとしている。確かに障害を持つ本人も家族も、大変であることは違いない。だからこそ、障害や病に理解を深め、そこ在る溝を埋めていかなければならない。そして歩み寄ってゆくべきは、多くの、”障害や病がない”人々だ。そして、障害や病を持つ人達は大変だけれど、ない人達は大変ではないのだろうか。そんなことはない、人は皆何かに悩み苦しみ、寂しさや悲しさを味わい、喜び笑って生きるのだ。けれどやっぱり、障害や病と共に生きなければならない人生は過酷である。何故なら自分で選択できないものが多過ぎる、大き過ぎる、と思うからだ。だからこそ理解を深め、共にこの世界を生きればもっと豊かになる、と思うのだ。

そう知る機会があれば、違う人生を選択できたかも知れない。

さらに、障害や病を持つ本人も家族も大変だけれど、不幸だとは限らない。幸か不幸かは他人が決めることではない、からだ。これも全ての人に言えるでしょう?

外見がどんなに違っても、同じような会話が出来なくても、私達は皆同じようにそれぞれの人生を歩んでいる。突き詰めれば、私達は皆外側からは計り知れない何かを持っている。他者の尺度に囚われたりせずに、自分の感覚や感情と丁寧に向き合えば、時間はかかっても善い方向性を見いだせるだろう。

冒頭のふたつの出来事は深く繋がっていて、私達が知らなけれならないこと、考えなければならないこと、に満ちているように思える。何かの警鐘のように思える。

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しょうがい について [考察]

ずっと考えていることを、一旦書いてみようと思います。

姉が亡くなる少し前に、二人でいる時こう話してくれた。
「皆と同じスピードで話せないから、皆の会話に入れなくて寂しかった。」
姉を置いてけぼりにした一人に、私も入る。

皆と同じように出来なくて、寂しかったり、悔しかったり、したのだろう。けれど、その時まで一言もそんなことを言ったことがない。そんなこと、言っても仕方ないのだ。そして私の場合、生半可な同情で姉妹はやっていられなかった。医師からガンだと告げられた時も、耳にしたはずなのに、不思議なほど、その後そのことについて一言も言わなかった。障害も病気も、深いところで受け入れたのだと、私は思っている。潔い人だった。

皆と同じようには出来ない何か、妨げになる何か、を持っている。それは姉にとっては、文字通り”障害”であったに違いない。そのことを端的に表現する、もっと相応しい別の言葉があるだろうか。

では何故この”障害”が問題にされるのか。
”害”という文字に、社会や他の人への妨げになる、というイメージがある、その恐れがある、からとも知った。
それで、障碍(仏教語、元はこの文字が使われていた)や障がい、と表すらしい。しかし、意味は変わらないのだ。

姉は、障害という言葉や文字について、どう思っていたのだろう。聞いたら何と答えてくれるだろう。そう思ったら、答えは直ぐに帰ってきた。皆と同じようには出来ない、その現実は変わらなから、どちらでもいい。だけど私達は、他の人や社会の妨げ、障害にはなっていない、と。

そうなのだ。
障害という言葉や文字を、どの方向から見るのかをはっきりさせよう。他の人や社会の妨げになるイメージ、これをこそ変えるべきだろう。

障害を持っている人は、それだけで大変な人生を歩いている。誰かの手助けなしには生きて行けない人生は、勇気が要るだろう。その上病気をすると、想像もできない大変さだったのだ。

かつてある方に、何故障害を持って生まれてくる人がいるのかと聞いたことがある。うるう年のように、大多数の健常のために”ひずみ”を負ってくれている、その人はそう答えた。未だに医学的見地を確かめたことはないが、納得している。”私”のために”姉”がいて、”姉”は”私”だったかも知れない。

障害でも、障碍でも、そのことが解る方がいい。
理解を深めて、尊重し合えるようになるべきだろう。

今はここまで。


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ゆっくりと [日々]

帰国から数日、やっぱりちょっと時差に影響されている

乗り継ぎを含めて18時間くらい
夜出発のロンドンから早朝着の乗り継ぎ地までは食事して眠り
深夜に到着する東京までは起きていよう
この計画はうまく行った
そして、空港近くのホテルで眠れは完璧!のはずだった
が、ハイテンションのままで眠れず…
でも金曜日1日夜まで頑張れば大丈夫、のはずが…
よく眠れすぎて目覚めた時には時計が壊れていると思ったほど
その分以上に昨夜もハイテンション

それでもいいや、慣れるまで抵抗はやめよう

あえて文明の利器から離れ、写真も古いカメラで撮ったら
パソコンに取り込むのに一仕事も二仕事帰もかかりそう
何故なら、元々そのシステムが入ってないから古すぎて

まぁいいか、ゆっくりやろう

13年ぶりの海外、何もかもが新しいのだ


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芸術の使命 [考察]

先日観た映画、グレイテストショーマン。
実在したバーナムの「崇高な芸術は人を幸せにする…」、この言葉がちょっと重く引っ掛かっている。
そして観ている間中、この時の事が頭に浮かんでいた。


このブログを書くのに、資料を見たら1995年とある。
そうか~、20年以上も経ったのだ。


その年、イギリスのコミュニティアートについての研修ツァーに参加した。
様々なコミュニティ、その街の歴史を伝える演劇活動や美術活動などもあったが
主には、障害を持つ人達・言葉や文化の違う環境で暮らす移民の人達やその子供達など
社会の中で弱い立場の人達がアートを通じて社会と関わり発信してゆく
その活動をコミュニティアートという。
かつてヒッピーが始めた活動が、今も受け継がれている。

毎日毎日、いくつもの場所を訪ねて活動を見て話しを聞いた。音楽・ダンス・演劇・絵画・詩・等など・・・
後に姉と共にWSに参加したり、LONDON公演に参加したAMICIも訪れた。
何もかもが刺激的で、その後の私の進む道を支える日々となった。


最初に訪れたのは、足や舌を使いコンピューターで作曲をするグループの活動だった。
彼らは、その音楽を劇場でライブコンサートを行う。

TVなどで見る有名なミュージシャン達のコンサートさながらに、色とりどりの照明が行き交うその映像を見た時、彼らの喜びが伝わり、号泣した。
いや、彼らには創作同様当たり前のことだったかも知れない。けれど私には、言葉にならない感情の波が押し寄せた。
そして、彼らの活動を支えるミュージシャンに誰かが質問した。何故、「プロとしてのプレイヤーを辞めてこの仕事を選んだのか」と。
「ここには愛があるから」と彼は答えた。
この言葉にノックアウトされ、その余韻は今も続いている。

芸術とは人を幸せにするもの
芸術にも、携わる人にも、プロセスがあり、そうでない事を表現することもある
しかしこれが、忘れてはならないテーマなのだ
では、幸せとは何か、と同時に思う
日々の幸せと、苦難・苦悩を通り越した幸せと
この双方を見る眼を持たなくてはいけない
宮沢賢治の「本当の幸いとはなんだろう」と

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私のキャラは? [思うこと・・・雑感]

菜ばな2.jpg
窓辺の菜の花
暮に買った赤カブ等を首の所から1センチ位で切って、葉っぱが出るのを楽しみにお水をあげていた。
冬中窓辺で緑を楽しませてくれて、菜の花が!
これから勢い良く伸びていく。

先日から友人と話していて、私はみそっかすキャラだ、と言ったら「そんなことはない!」と猛烈に褒められた。ありがたい。卑下したつもりではなかったが、言葉を間違えたかな。高校生の頃も、指導者仲間でも、いつも大きな輪に入りきれず、皆からはちょっと特別扱いされ…それって、みそっかすじゃない?そして大勢(たいせい)を傍から後ろから眺め、考察したり、時に洞察を深めたり、していた。あとで振り返れば。そうやって得た諸々は活かしたり活かさなかったり、出したり出さなかったり、する。

充分に大人と言われる年齢になっても、中には今までの自分が全部入っている。自信がなかったり迷ったり、それを乗り越えたり、そしてそれは螺旋階段を昇りながらもずっと繰り返される。

そんなことを話せるのは嬉しい。
褒めてもらってすごく嬉しい。

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 [日々]

初釜1.jpg

時は薬、という意味の諺がある
甘い薬、ほろ苦い薬…

いろんな事が過ぎて
そのように使い続けた身体と心の変化がまだ続いている
どんな事も何一つ嫌だと思った事はなくても
身体に掛かっていた負荷にちゃんと気づこう
強い緊張と共にあった心を癒やそう

あの現実の中に在る時は
その負荷と緊張が日常だったのだ
そう、大変だったのだ 
だけど心底から心を尽くせたのだ
それは本当に幸せな日々、年月だった

でも、今は別の幸せがある
自分の身体に丁寧に向き合う時間が充分に作れる
楽しいと思える事を心置きなく全身で味わえる
余裕、だ
全ての事柄の景色、色合い、温度が違う気がする
今年始まってまず、とても楽しかったこと
お茶のお初釜

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こげらコンサート [舞台]

プレゼント1210.jpg

先週日曜日12月10日”2017こげらコンサート”
1200席程のルネこだいら大ホールを、ほぼ満席にして終了した。

「舞台」において、頑張っているだけでは”誰でも”不十分だ。勿論、一つ一つのプロセスはあり、舞台に出る者は、舞台で学び成長する。

こげら合唱団には、様々な障害を持つメンバーが大勢いる。そして多くの方達に支えられている。しかし、いつしかその関係は混ざり合い、時に逆転するように思う。

表現の場において障害とは何か、とロンドンでダンスダイナミクスを主宰するウォルフ氏は言う。
彼らが、自らの存在をかけて全身で歌い、踊る時、その圧倒的な力に胸を打たれる。
そしてそれを、ほんとうの意味で「楽しむ」というのではないか、と思う。

彼らの思いや希望が表現された歌
メンバーやお母さんの作詞による曲
詩や朗読によるメッセージ
お母さんの体験のお話
そしてダンス!
勇気100%:全員が元氣と勇氣を表現できるように
離陸準備完了:踊りたい人!に声をかけ大空を飛ぶ飛行機のイメージで
夢の電動車椅子:3つのグループで自由に動き、回ったり、前にアピールしてねと
A・A・O:皆大好きと言ってくれる、楽しく明るく元氣に

会場は舞台と客席が一体となっていき、言葉に現せないエネルギーを持つ空間となる。

こげら合唱団は、私にとって特別な意味を持つ
そんな彼らの創る空間でのアヴェマリアは、やはり特別だったと思う





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最上へ [日々]

先々週の週末から数日、山形県最上町を訪れる機会を得た。
過ぎた日々の幾つかの点がぎゅーっと、最上に集結したかのような不思議な時間。
過去が現在につながり、今がやがて知る未来へとつながる、そんなことを改めて強く感じさせられた。

車内.jpg
東北新幹線古川から最上へと向かう陸羽東線は車内に木のテーブルとベンチの特別仕立て、火はまだ入っていないけれどだるまストーブのある素敵な電車に乗れた。車窓から初冬の山の景色を見ながら、この旅が何故かとても自然なもののように思える。何故最上か、それが解る日が来るだろうか。

分水嶺.jpg
山から流れてくる小さな水路が、ここで左右に分かれる分水嶺。
お世話になった方のお宅の目の前にある。
分水嶺碑.jpg
左へと流れた水は日本海へ、右に流れる水は太平洋に、ここで分かれる。
留まることなく、迷うことなく。
平地ではあるがつまり、ここが三角形の頂点ということだ。

姉が歌っていた合唱団のコンサートで仕事をご一緒した、池田弦さん
彼が立ち上げた”音の風”コンサートが受け継がれている
平和コンサートでご一緒し最上在住のお母様、池田俊美さん
ヴァイオリニストとして各地でご活躍の真っ最中
プロローグの1シーンを創った希望舞台の、最上町公演
希望舞台の元を辿ると、父の「稽古場を貸してくれる劇団がある」
スタジオ創設に行き着く

数日中のコンサートと劇団公演、知り合った最上の方達
美味しい芋煮やお漬物、半日の鳴子温泉散策
お世話になったお宅の居心地の良さ、お話の尊さ
そしてこの旅に、父とはなが行かせてくれたことを思う


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できること できたこと [フェルデンクライス]

命を送る時 と フェルデンクライス

小鉄*トレーニングコース終了の年
トレーニングコースに入ってから、小鉄とはなには小さなレッスンを試みていたが、背骨に沿って触れていくと、気持ち良さそうだった
ふと手が止まる所があると、少しの間そのままに
体調が悪くなると私達から離れて部屋の隅にいたので、
小鉄に出来たことはそのくらい


姉*プラクティショナー1年目
姉へのFIで、大きな発見をする事になる
もともと身体に障害を持っていたが、マヒや拘縮が段々と強くなっていった
それでもFIレッスンの後は柔らかく、伸びや動きが良くなり、「気持ちがいい」と言うその言葉を文字通りに感じ受け取っていた
しかし、そのうちに、それだけではない、と確信した
最期まで、自分の身体を感じられる 在る、と感じられる、それは存在の尊厳につながる
入院先で不本意な出来事があり、姉の笑顔が消えた
必死の思いでFIを繰り返し、元の姉を取り戻した
それから姉は自分の意志で、この世とあの世の境目を超えていった、ように思う
私と私の手を信頼し、両手に頭を預け旅立っていった


父*プラクティショナー4年目
父を介護するうえで、一緒に動く事で私にも負担が少なく、父の尊厳を保つ介助の在り方として、フェルデンクライスは大きく役立った
歩いていた頃のサポート
ベッドと車椅子との移乗
着替えを始め様々な介助の際の動作や体位移動 等など
その時々に、メソッドを取り入れながら行い
又は動作の前に小さなレッスンを施した
よくやっていたのが靴下を履かせる前の足指のレッスンで、足部が柔らかくなって履かせやすく、父自身も腰を動かして坐骨を安定させていた
一番印象的だったのは数年前、小さな梗塞を起こしていたのか車椅子の上で大きく右に傾いてしまったことがあるが、あるレッスンを施していたら、すっと身体を真っすぐに戻した
最期まで、小さなレッスンを繰り返した
固くなる身体が和らぎ、胸郭全体で深い呼吸をしてくれた
そして父との場合、父の身体の声を聴き取る、身体の情報を感じ取る、これができた事がとても大きな役割を果たした

はな*父の2週間後
3日前に、衰弱して腰が立たなくなった
前脚で身体を起こし立とうとするのだが…諦めたようにぐったりと横たわっている
ゆっくりと頭から背骨、そして腰、長い尻尾に繋がるようにFIを試みた
すると、横たわっている姿がふっくらと生気を帯びた
それから3日間、小さなFIを繰り返した
FIの反応が弱くなり、最期が近づいたのも解ったが
1時間ほど前まで頭を上げて周りを見渡していた
思えば息を引き取った後もふっくらとしていたのは
FIレッスンのお陰だったかも知れない

4つの命を送って今
生きている限り、誰でも、どんな時でも、より良くできる
それがフェルデンクライスメソッドの真髄だと思っている


そして、いつの場合も日々自分自身のケアができたこと
私自身の尊厳に触れ
どんな状況の中でも自分の立ち位置を守れたこと
それは、このメソッドで培った自分への愛の力による




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任務完了 [小鉄とはな]

小鉄 と はな は 天使だった

可愛い、という意味ではなく、だけではなく
大いなるものによってそれぞれの任務と共に
私のもとに遣わされた、という意味で


小鉄はとても賢く、目をみて話すことができた
先日獣医さんにこの事を話したら、珍しいです、
と言われた
小鉄は、猫さんに姿を変えた誰かだろう
早くからそう思っていた
エピソードは山ほどもある


小鉄が逝く4日前、気づいたら見つめ合っていた
その時の小鉄は真っ白で、瞳の中に漆黒の宇宙があった
漆黒であっても澄んで暖かく、そこから来てそこに帰る
命の宇宙なのだと解った
それから始まる私の使命について、教えてくれたのだ

勿論それは一つの側面で
現実の私が経験し、学び、築きあげたものがある
よく見ること、触れることから感じることは大きい
けれど見えない何か、見える現実とは違う何かを感じる事
それもとても大切なことなのだ

姉を送り、父を送った

そしてはなを送って今
このストーリーが18年前に始まっていたと気づいた

はなも又、目を見て話せた

この18年間、もし小鉄とはながいなかったら
全く違う時間を生き、違う人生になっていただろう
4年前小鉄が最初に、命の宇宙を見せてくれたから
二人をしっかりと送ることができた

だから父と一緒に、はなも帰って行った
不思議だと思った事は不思議ではなかった

それが彼らの任務だった
何という計らいだろう

そして又、父の傍で気づいた
踊ってきたのは、大いなるものの世界とつながるため
大地と宙の間で存在することを知るため
であったということに

今、寂しさ、という思いの外にいる
小鉄 も はな も 居ない部屋にも
変わることのない世界がある
居る も 居ない も 同じ…



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アンカー [いのちをおくる]

4年前の夏に小鉄
その8ヶ月後に姉
先月父が
そして今朝早朝に、はながアンカーとしてゴールした
最期を迎える時に「迎えに来て」と小鉄に頼んだので
小鉄とはな、連れ立って駆け抜けて行った、ように思う
まだその辺りで父に出会うだろうか


思えば18年前、
スタジオの横に2匹の子猫が置かれていなかったら
その頃両親の老いの兆しや姉の体調の変化を思い
敷地内の古い昭和のアパートに
帰ってこようかと思い始めていたその意味や
それからの18年間は大きく違うものになっていただろう


小鉄の時にはすぐに姉の看病が
姉の時には変わらない父の介護の日常があった
そしてずっと、甘えん坊のはながいた
それなのに今度は、ほぼ同時期に
父の体調に変化が出始めた去年の暮頃から、
はなにも、それまでなかった事が起こり始めた
そして父が旅立った日を前後して何も食べなくなった

小鉄が透明になってしまってからの4年を
はなは、一生懸命に留守番をした
時に「行くの~?」と訴える目に
ごめんね、と言い続けた
父の看病でも幾晩か部屋をあけた
寂しい思いをさせ続けたと思うと切ない
いや、でもそれは人間の勝手な思い込みで
はなは、時には寂しくても
ゆったりと暮らしていたのかもしれない
部屋に居る時は会話し、夜は傍で眠ったのだから
18歳の可愛いおばあちゃんだったのだ
大きな耳と大きな目、可愛いはなに癒やされてきた

父を送って後、できるだけの時間をはなと過ごした
最期まで見守り、私の手の中にいた
それを、きっと幸せだと思ってくれているだろう
私にも又、かけがえのない時間であったのだ

小鉄を、姉を、父を、はなを
失ったと同時に得たものを、与えられたものを
見逃すことのないように
大切にするように
そう思う

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信じられる [日々]

何故、信じられたか、信じる力を得られたか

それは、声にならない言葉、言葉にならない言葉で父と会話ができたから

「解った」「そうなんだね」「大丈夫」「信じるよ」

私の問にも、ちゃんと答えてくれた

そして、日々父の体に触れ伝わって来るものを感じられたから


父の魂は身体を離れ、身体を宙に送った

どんな時も、どんな事も、嫌だと思ったことは一度もなく

最期まで、自宅で介護看病できたことを幸せだと思う


今は少し、心身が求める休息の声に従ってもいいかな

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信じる [日々]

発表会から2周間、父は驚異的な生命力で生きている

目に見える現実からは信じられないことを、信じる

迷いがない訳ではない

大きな荒い呼吸をしている

呼吸が途切れることもある

そばに居るとドキッとすることがある

けれど、父の意志を感じる

それは精神の意志なのか、肉体の意志なのか…

その意志を信じて仕事をし、外出し、自分の部屋で眠る

信じるには力が要る

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不思議なこと [日々]

不思議な経験をしている 先日、父の声を聞いた


昨年の11月頃から、介護をしている父の体調に変化が現れ始め、1月に発熱、軽い肺炎と診断される

それから数ヶ月6月初旬に又高熱を出し、今回は今までと違い2日程度の点滴では治まらず、熱は下がっても高い炎症反応が出た


それ以来、誤嚥を防ぐために飲食は禁止で、時々家族にだけ許される範囲でトロミをつけた水分を口に入れるけれど前のようには飲まなので、点滴だけで数週間過ごしている


人には、必ず「その時」が訪れる
覚悟はできている


多量の痰(病状なので書かせて頂く)が絡んで、吸引しないと詰まってしまい苦しいだけでなく、酸素が取り込めない状況になる


そして一週間前、呼吸の様子が変わり今夜か明日かも知れない、と告げられた


父のそばで、「そうだね、大丈夫」と言い続けながら奇妙な感覚を感じていた
私が父かける言葉としてなんの不思議もない言葉だが、私の中から出てくるのではなく、私と父の間にある言葉を口にしているような…


それでも朝を迎えて1日が過ぎ、3日が過ぎた夜、又痰がひどく何度吸引しても治まらないのが、来て頂いた訪問看護師さんの処置であっという間に回復した


その時、父は生きるつもりでいる、と解った
父の魂が、この世での居場所であった身体を、少なくとももう暫くこの世に留めるつもりだ


「大丈夫」というのは、父の言葉であったと解った瞬間に、父の声がした「大丈夫だ」


父の決意を受けて、もしかして…と思うのをやめた
今やるべき仕事をやり通すこと、自分のための時間も作ること、先週1周間は、そのようにして過ぎた
父も奇跡的な回復兆候にあり、私達を驚かせている


そして昨日、発表会前の最大の準備であるスタッフ総見を終える


父の「大丈夫」は、決して何事もない大丈夫ではない
多くの皆さんに力を貸して頂かなければならない
私も又、父のそばに居るためにご迷惑をおかけしてしまうことがある


母は「今はつばぜり合いの真っ最中、負けるな!」と叱咤激励している
つばぜり合いとは剣道の言葉で、今それを母が口にするのか可笑しい


93歳の父に応えるためにも、88歳の母に応えるためにも、2週間後の発表会を成功させなければ


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それでいい [思うこと・・・雑感]

今年の夏のある日、止まっていた時計が動き出した
そう思える出来事があった

翌日、姉の名前を、見送ってから初めて声に出した
「ぬいちゃん!」
その瞬間、姉の笑顔が目の前に広がった

それから少しずつ、何かが起こる
決して、表向きハッピーな事ばかりではない
私の向かいたい方向と一致するのかも解らない 
けれども、これは必要な事なんだと思える

何より自分で驚くのは、冷静に言葉が出る事
言いたかった事、放ちたい言葉
その通りに話せたり、思わぬ言葉だったりする
伝えたい事が、伝わった、と感じられる言葉

あんなに、言葉にすることが苦手だったのに
話そうとすると、
感情が先に溢れ言葉にならなかったのに 

もっと若い日に、しなければならなかった
けれども、今できるなら、それでいい 

 


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醍醐味 [舞台]

1129.jpg
渋谷東急本店前
 
メトロポリス.jpg 
11月7日~30日 Bunkamuraシアターコクーン
松たか子・森山未來主演、串田和美演出 
 
終わってしまった舞台だが、
高原伸子がダンサーとして出演していた 
 
といっても、俳優も歌う、ダンスする
そして、ダンサーも歌う、芝居する
 
全26公演のうち、初日と楽日前日の夜を見た
そこに、3週間の時の経過と共に変わったものと
変わらぬものを見る
 
俳優やダンサーたちの動きやからみ、動線は滑らかになる
しかし個々の作品の解釈や舞台への姿勢は、
そう変わらないように見えた
それは安定度としては良くもあり、またそうでもない
 
ある一定以上の水準を保ち続けることは当然である 
しかし、そのうえで表現者が舞台上で化学反応を起こし、変容する
舞台を見る時の期待、それは作品・演出・美術・音楽等の面白さと共に 
その醍醐味を、私は期待する
どんなに小さな変化でも、それは舞台を変えてゆく
その、さざ波が観客に届く
そう思っている
 
伸子の、ダンサーとして舞台人としての在り方を好ましいと思う
新しい未知の場で得た経験の尊さは
まだまだ開発されるべき彼女を支えるだろう 

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熱と哲学 [思うこと・・・雑感]

先週末、金曜日の夜から熱が出て寝込んでしまった

高熱ではないし、喉も痛くないし、咳も鼻も出ない
けれど、微熱と頭痛で起き上がることが出来ず…

休みたい、と訴える身体に
もう少し、もう少し、と働かせ続けた

そして、とうとうストライキを起こされた
そう思っている

そういう時、何故かフラフラの頭で哲学をする
まさに、混沌を言葉にし続ける 

何年か前のインフルエンザに罹った時もそう
高熱にうなされながら、していたことは二つ
自分の人生はその二つを成すためにある、と解った
自分の世界を築くことと、愛すること 

今回は言葉があり過ぎて、思い出せない
ずっと考えていたことを、まとめようとしていたのか…

 


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バレエとは? [バレエ]

バレエとは、と改めて問うている

Wikipediaで調べてみたら色々解説があり、面白い
それによると、師高橋彪のもとで踊っていたのはモダンバレエらしい
その頃は、クラシックバレエかモダンダンスかの区別しかなく
そのどちらでもない、と私達は異端視されていた

しかし、ベースとなっていたのは明らかにバレエテクニックで
その上に、多彩な動きに対応できるよう鍛錬を受けた

ただし、ロマンティック・クラシックの作品を踊る事は
発表会の機会だけで、それもごく稀であった

カンパニーとしては、師の振付で踊った
衣装は総タイツで、ヘアスタイルもメイクも作品に合わせ
トゥシューズを履く作品も、そうでない作品もあった
セリフを言うこともあった

ジャンル分けなど、どうでも良かった
バレエの基礎と、それにより鍛えられた身体とがベースにあれば
あとは何でもチャレンジした
モダンダンスも、ジャズダンスも、舞踏さえも、機会があればレッスンを受けた
芝居もした 

踊っているだけなら、それでも良かった
けれど、スタジオを持ち指導者になるからには、そうはいかない
と考えた
共通認識にあるバレエが、バレエだ
それにはその経験が少な過ぎる
教えるバレエについて勉強しなきゃ!!! 
踊るバレエは今とは違い、両方踊れる機会はなかった

大変だったのは、それがほぼ同時進行だったことだ
ダンサーとして邁進したい自分と
教師として学び指導しなければならない自分と 

そして、伝えたい事は何かを模索して、見えて来るものは
しっかりした正しい身体の使い方と、自分自身の存在感だ 

でも、ずっと考えてきた気がする
バレエとは何か?と 


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同じなんだな [考察]

思い込みに気づいたら、面白い事が…
 
少しの違いなら、同じは大きいはず
違いに気を取られ、大きな流れに戸惑っていた
大筋を理解できれば、小さな違いはかえって楽しめるかも…
そこをこそ、先生は指摘しながら指示を出してくださるのだから 
 
そう思うと、ちょっと霧が晴れた
あぁ、そうか!
先生のおっしゃる意味が腑に落ちて嬉しかった 
そして、お点前の流れを文節のように分けて捉えられた
 
そういえば、バレエだって同じこと
小節やカウント、旋律の流れで動きは出来ている
振付だって全体を捉えられていたら、部分的な変更は可能だ
自分で言っているはずの、踊りの中の文節や句読点 
そういえば、お茶のお点前は振付と同じですね、と誰かが言っていた
 
順序よりも美味しい茶を…
私も初心者に順番を覚える事は強いない、大事なのは身体を躍らせる事
しかし、手順は大切…
お茶の方だって、大事な席やお免状を受ける時は必死に覚えるだろう
 
小さな違いはそれぞれにあっても、大きな流れは同じ
同じなんだな…
 
次のお稽古が楽しくなった 
 

 
 
 
 

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思い込み [考察]

新しい事を学ぶのは、難しいけど面白い
新しい事の前では、”いつもの自分”が使えなくなる

お茶のお稽古を始めて1年余り
月1回で1年経ち、2年目なので2回に

バレエと違い、お点前は1回だけ
傍から先生がずっと指示してくださるが
間違えたからといって、何回も反復練習をする訳ではない
月1回では、2回でも、当然ながら覚えきれない
その上、季節によっての風炉と炉の違い
毎回、棚やお道具の様子が違う
そして、お点前もちょっとずつ違う

少し覚え始めた分、かえって順序や置き場所に迷う
迷うから集中できない氣がする

そんな事を今日先生とお話した
「その迷いを捨てて!」そう、おっしゃった
「何かがちょっとずつ違うけれど、同じよ」
「何年もかけて、自然に身体に入っていくの」
「何十年も経つと、全てが繋がる時が来るの」
そして、何年か続けてやっと前と同じお点前に出会うほど
たくさんの種類があるのだとか

大事な事は、順序ではなく、美味しいお茶を点ててもてなす事
今までも何度もお聞きした言葉だが、今日は身に沁みた
お茶に対する気持ちが更に、大きく変わった

何度も何度も、身体に入るまで練習を繰り返す
アンシェヌマンの順番や振付は、覚えなくてはいけない
何度も、同じ間違いや失敗はしてはいけない
そんなバレエに必要な事が必要でない世界がある

特に大人になり、キャリアがあり、指導者であり
人前では出来なくてはいけない、出来て当たり前の私…
という、無謀な呪縛と思い込み
それが必要ではないのに、それを纏っている
それ故に感じる不安や違和感に、やっと気づいた

何か、新しい場所に立つ度に、新しい自分に出会う 


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友人 [思うこと・・・雑感]

一人の友人のこと

彼女は現実的に、とてもしっかりしている
と、私には思える
私にはない思考回路とセンサーを持っている
仕事の仕方や方向性も違う
時にはびっくりすることもある 

でも、肝心なところで話が合う
そして、私には到底得られない話題を提供してくれる
私に欠けている部分を補ってくれているかのようだ

いろんなタイプの友人に囲まれていることを、改めて思う
心強く、嬉しい 


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共存する [フェルデンクライス]

昨日の腰、あれからスタジオで身体のチェック

まず、仰向けの背中がバリバリだ
ゆったりと呼吸しながら少しでも緩むのを待つ 

それから、頭から肩、胸、骨盤、股関節、脚…
ゆっくりと、動ける、動けない…
その方向や度合いを観察する

身体の動きが変わって、徐々に痛みの在りかが解って来る
痛みの種類が変わって来る
痛みの種に届く様に、手をあてて待つ、会話する

フェルデンクライスの効用に
違和感、不調に気づきやすくなる、がある
これって、とても大事なこと

そして、その違和感や不調の種が
全体の動きの中で取り残されないように
働きかけることが出来る
それは、大きなアクシデントを防げるだろう

今日もまだ痛みはあるし、それによって動きは制限される
でも、それらと共存する方法を見いだせる
明日は、もう少し、違うだろう


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これからも [介護の生活]

つらいな、と思う時がある

今朝、ベッドから車椅子へ移乗して体勢を整えていた時
腰の奥に鈍い違和感を感じた
あ、と思っていたら脇腹から腿にかけて痛み出す

今年になってから、身体が固く重くなってきた
協力してくれる感じがどんどん少なくなる
掻いたり何かにつかまったり、強く入る力がこちらに伝わってしまう
何をするのもすごく時間がかかるようになった

こういう事なんだな、と思う

でも、家での介護を選択する

10年以上、ゆっくりと変化する父の傍にいた
これからも、そうする


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はな [小鉄とはな]

1119.jpg

さっき遅い昼食のあと、傍にいるので喋っていたら
何年振りかで膝に乗って来た

何年振り…本当に子猫時代以来?

小さい時はパソコン仕事の膝に良く乗ってきて、寝てもいた
小鉄は自分が乗りたい時、はながいると我慢したり
強引に乗って来たり、してたっけ…

大きくなったのと、いつも小鉄とくっついて一緒だったから
はなも忘れていたのかな
でも抱っこが嫌いだから、乗せようとしてもきっと逃げる

又おいでよね 


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暮らすこと [日々]

エアコンが使えない間、陽が落ちてからのクラスは難しいのでお休みに
結局半月に渡ってしまい、今日から再開

ちょっとだけ、夜の自由時間を味わった

夜までクラスがあるか、自分のレッスンや用事で出かけるかで
まともな時間に夕食を作って食べる、その当たり前のことが欠けている

結局何十年ものあいだ…

これも自分で選んだ生き方だけれど、今後は考えたい
最も身近なことを、少しの余裕をもって整える

日常を暮す、ということ 


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交替 [日々]

40年近く働いてくれたエアコン
エアコン.jpg

今日入った新入りエアコン
エアコン2.jpg 

40年近く働いたエアコンがとうとう壊れてしまった
先月末にてっぺんから煙がもうもうと…
こんなに古い型のは見た事がありません、とのこと

今年初めには、天井の蛍光灯もLEDに入れ替えた
蛍光灯の端を止めるプラスティックが劣化して壊れたから

なるほどね…
色々と節目の時らしい

古いものには、ありがとう!
新しいものには、宜しくね!


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余裕とは [思うこと・・・雑感]

時間の余裕は 心の余裕

自分で選んだ事とはいえ 余りに忙しいと余裕を失う

時間の忙しさ というより 心の忙しさ
切り替えが容易でなくて 蓄積してゆく

美味しいクッキーにお茶を淹れよう
その時間を作れない

それは時間ではなく 心の余裕だ 

気づいて 言葉に出したら

きっと出来る 

 


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今日のレッスン [フェルデンクライス]

今日から、新しい場所でレッスンを担当する

今日は一般の生徒さんはいなくてプラクティショナー2人

それはそれで、とても面白かった

プラクティショナーだからこそ言える言葉があり
言わずもがなの事も、知ってるよね、と言いながら言う

終了後の感想のシェアも楽しかった

フェルデンクライスは楽しい!
受けても、教えても、楽しい・気持ちよい・嬉しくなる 

新しい場所・機会に感謝 


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しかし、さて [思うこと・・・雑感]

しかし、さて、何から言葉にしよう

そんな、大げさなことではないのだけれど…

ずっと以前、よく日記のようなものを書いていた
そんな感じ?

書く言葉と話す言葉はちょっと違う

足りないのは話す言葉かな?

ともかく、書いたり、話したり
してみよう かな


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混沌を言葉に [おどること]

踊るとは、身体で語ること
観てくださる方々に、そして自分自身に
言葉にならない思いのあれこれを、身体に、動きに、託してみる
繰り返し試み、ある時スパークする
又は、全てを集中して、又は委ねて、感じるままに任せる

でもこの頃思う
その反面、言葉にするべきことを置き忘れて来たのではないか
又は、その時はどうしても言葉にすることが出来なかったことが
今なら出来るのではないか
するべき時が来たのではないか、と 

 


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